第4章 制度の現状 4.制度廃止の動き
4.制度廃止の動き
地方議会議員のディレンマ
地方議会議員年金制度は、その特異な部分ばかりが抽出されて報道されるため、特権的な制度であるという印象を世間に持たれ、地方議員は同制度を維持することに固執していると思われがちである(例えば、前述したようにほんの一握りの議員が駆け込み辞職をすること等が、世論の心証を悪くしているのは間違いないであろう)。
確かに、給付を受けている者の中には公的年金と比較して過分な年金給付を受けている者もいるし、現職議員で受給資格を得た者の中には相当な掛金を納めている者もおり(41)、制度を維持する声が多く存在するのは事実である。このような状況を考慮して、政府や共済会も制度堅持の姿勢を崩していない。しかし、客観的に分析すれば、現在の地方議会議員年金制度は公的年金と比較しても特権的な制度とは必ずしも言えず、また国民へ大きな負担をかけていること等から、議員の中には―特に期数の低い若手議員を中心として―制度廃止を望む声が多いことも事実である。さらに、受給資格を既に得ている議員の中にも、今までの掛金相当額が保障されるのであれば、制度廃止もやむを得ないと考える者も増えていている。
しかし、これだけ地方議員のあり方に関わってくる問題であるにもかかわらず、同制度は、地方公務員等共済組合法に基づいて制度設計をされているため、国会における審議なくして制度の改廃をすることは法的には不可能である。国会議員は、自分たちの生活にかかる国会議員年金制度については、既得権にほとんど手をつけることなく廃止したが、同制度の現状については総じて無関心である。ここに地方議員の抱える大きなディレンマがある。
但し、地方議員も単に傍観しているわけではなく、近年は制度維持・廃止各々の立場から様々な取り組みが地方においても展開されるようになってきている。これらの動きを考慮する限り、地方議員における制度改廃の議論は活発化しているように思われる。
(41)政令市の現職議員の中には2,000万円以上の掛金を納めている者もいる。
地方議会議員年金制度に関わる意見書
全国各地で地方議会議員年金制度に関わる意見書が提出されている。その内容を大別すると、制度の継続を求めるものと制度の廃止を求めるものの2つである。特に、基礎自治体レベルでの意見書提出が活発である。当初は、制度の堅持を求める意見書が大勢を占めていたが、最近では制度廃止を求める意見書も可決されており、平成21年12月現在6件の廃止にかかる意見書が可決されている(42)。例えば、平成21年12月25日に茨城県つくば市議会では制度維持に関する意見書が、平成21年11月30日に岐阜県山県市議会では制度廃止に関する意見書がそれぞれ可決されている。
また、都道府県議会にもこの動きは波及しており、例えば東京都議会では平成17年12月に「地方議会議員年金制度の廃止に関する意見書」を提出する試みが行われた他、平成20年6月茨城県議会では、都道府県議会では初めて、廃止を趣旨とする意見書を賛成多数で可決した。
(42)平成21年12月1日付け朝日新聞
廃止に向けた署名運動等
地方議会議員年金制度を廃止するための署名運動が、ローカルパーティを標榜するネットワーク運動系の団体を中心として進められてきた。政府に対する要請活動を行ったり、ネットワーク系の地方議員がいる場合は、意見書や請願書の提出という形で地方議会での訴えを強めたりしている。議員年金廃止を自らの活動の中心に据え、同制度に対する関心を高めているという点では同団体の取り組みは際立っている。
また、平成13年6月、千葉県北西部の超党派自治体議員のグループが、地方議会議員年金に関する意見書を当時の首相及び総務大臣に提出している。その内容は給付水準の引き下げ等年金制度の既得権に踏み込む議員にとって厳しい内容であったが、国会の質疑でも取り上げられ、話題を呼んだ。
さらに、平成21年、一般市民や地方議員によって組織される「地方議員年金を廃止する議員と市民の会」が結成され、制度廃止に向けた国への要請やフォーラム及びデモ活動を積極的に行っている。
これら以外にも、若手議員の全国組織が制度廃止の意見書提出を検討する等、大小合わせると、制度廃止に向けた地方議員の動きが近年全国的に活発化している。
掛金不払い運動
平成21年8月、徳島県小松島市議会で議長を含めた7名の議員が、掛金を報酬から天引きすることを停止する手続きを行った。この件について、議長は「廃止に向けた議論のきっかけになるよう実力行使に出た」旨の発言をしている。年金制度の先行きも見えない中、地方議会議員の苛立ちが表面化した事例として、一部ではこの行動を評価する向きもある。
但し、掛金の支払いは法律に定められた義務規定であり(法166条)、いかなる理由があろうとも、法を遵守すべき議員が法律違反を正当化するようなことがあってはならないのは言うまでもない。しかし、この一件が国や共済会に与えた影響は大きい。但し、現在では掛金の不払いは中止され、支払いを再開している。
また、平成22年7月には鹿児島県阿久根市でも4名の市議が掛金の支払いを拒否した。こちらの場合は、議員報酬が日当制で1日1万円となっており、ほぼ無報酬であった月の掛金も支払わなければならないという制度の矛盾が生じている。
ミイラ取りがミイラになる制度設計
理由は様々であるが、以前から地方議会議員年金制度に反対する地方議員は絶対数存在する。21世紀に入ってからは、国民からの批判もさらに大きくなり、特に現役議員にとって優位性の少ない制度になったことも相まって、在任期間が短い議員であればある程、制度に反対する者は増加傾向にあると推定される。地方議会からの制度廃止の意見書が確実に増えていることや選挙公約に制度廃止を掲げる者が増えていることからも、この事は裏付けられる。
しかし、制度反対を求める声が議会内で大勢になることは少ない。これにはいくつかの理由がある。
第一の理由は、制度廃止を表明することに大きな圧力があることである。現職議員でも、年金受給資格を得たヴェテラン議員とそうではない若手議員の考え方には大きな隔たりがある。しかし、議会内で力を持っているのは前者であり、経験の浅い若手議員が制度廃止を訴えるには様々な困難が伴う。
第二の理由は、若手議員も時が経てばヴェテラン議員になることである。制度廃止を訴え当選した議員であっても、1期、2期と任期を重ねるに従って積立金が段々と増えていく、そして3期目に入り年金受給資格を得る頃には、制度廃止を求める者は少なくなる。自らも既得権者になるからである。数百万円、中には1千万円以上の掛金を納めた者が少しでも元本を維持したいと考えることは当然である。また、各共済会や議長会は、期数を重ねた議長によって構成される組織であるため、これらの機関が行う年金制度に対する提案は、既得権者の利益保護に偏る傾向がある。
半数の議員が制度廃止を求める
以上のような一連の流れもあり、全国町村議長会の地方組織である愛知県町村議長会は、「町村議会議員年金制度に係るアンケート調査」を平成22年2月から3月にかけて行った。このアンケートは、同議長会に所属する全ての議員を対象としている。
結果は、制度継続希望者が40.4%(76人)、制度廃止希望者が54.3%(102人)、特に意見がない者が5.3%(10人)であった(回収率60.7%)。廃止方法には様々な意見があったものの、当事者である議員の半数以上が制度廃止を望んでいるという結果は、制度維持を求める関係者の大きな論理的支柱を失うことを意味し、大きな衝撃が走った。
全国組織である各議長会は、制度廃止希望者が顕在化することを恐れ、このような個別の意向調査を行っていない。しかし、愛知県町村議長会のアンケート結果により、全国的にも相当数の議員が制度廃止を求めていることが推察されるに至った。